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石畳の上を往く車輪と蹄の硬いリズム。
荒々しく交わされる耳慣れない言葉の響き。
ユメとウツツの狭間から流れ込んでくるそんな音たちに促されて、僕は目を覚ました。
小さな、しかしベッド以外ろくな調度などないガランとした部屋----
----頭の上でつけ放しにされた木製の扇風機がゆっくりと回っている。
東の窓から這いり込んで床に跳ねた光が、その羽根に静かに撹拌されて、ペンキの剥げかけた白い天井に淡い影模様を映している。
ここは‥‥どこだろう。
部屋の窓から通りを見下ろすと、太陽が高くなるにはまだ遠いというのに、すでに苛烈な陽射し。
強い光で拡散してしまう色彩の中に、ロバに引かれた荷車や、鈴なりの客を乗せた幌付き馬車、そして急わしく動く人々の民族衣装の白い眩しさがあった。
それはまだ覚めきらぬ意識には、軽い目眩を伴うユメの続きのようだ。
そうか‥‥。
僕の胸は急に高鳴り始めた。エジプト、ナイルの街、ルクソール。
そして知らない部屋の窓から見る知らない通り。
僕は今日、ここから、旅を始めるのだ。
昨夜、
遅い時間にルクソール国際空港に到着した。
入国審査にも手間取り、ゲートを抜ける頃には既に深夜。街中心部へ向かう公共交通手段も、もはや無くなっていた。
一人旅には慣れているつもりだったが、飛行機を降りた瞬間から、僕はこれまで体験した事の無い緊張を感じていた。
それは警備の為に銃を携えた警察や軍人があちこちにいた所為ではない。
漠然とした不安。
それを払うように自分を鼓舞し、ターミナルのドアを出る。初めて触れるアフリカの風は思いがけず涼しかった。
しかし数歩も歩く前に、あっという間に何人もの男に取り囲まれた。
タクシーの客引きらしい。そのタクシーも所謂白タクであるかどうかさえ定かではない、怪しげな車ばかりに見える。
ターミナルの前だというのに、時間の所為か、街灯さえ乏しい暗がりの中、黒い顔にぬらっと鈍く光るたくさんの目が凝視する。
順番というものは無いらしい。言葉もほとんど通じない。
中には僕の服やバックパックを掴んでくる男もいたが、季節外れの太い編み込みのセーターを着た気の弱そうなドライバーを選んで、委ねる事にした。
宿は決まっていない。
街の中心部まで連れて行って欲しい、と伝えると、彼は国の言葉で何かを返した。
通じているのだろうか‥‥。定かではないが、ともかくも車は走り出した。
僕は後悔をし始めていた。
宿が決まっていないと伝えてしまったのは失敗だった。もし僕がいなくなっても、誰も気付かないということだ。不安を隠すように、僕は他愛もない事をしゃべり続けたが、ドライバーの返答は無い。
外には重い闇の景色が続いていた。
もしかすると、どこかへ連れ去れるのではないか‥‥。悪いイメージはどんどん膨らんだ。
車はしばらく、人の背丈ほどもあるサトウキビの畑の間の道をスピードを上げて進んだ。暗闇を折り重ねたような景色を、ヘッドライトが切り裂く。まるで孤独な海を行く哨戒艇のように。
ただ直線に続く道、それば延々と続くようにも思われた。ところが、ある地点にさしかかると徐々に速度が落ち始め、そして、ついには停まってしまった。
真っ暗な十字路だった。
遠く、わずかに街の明かりらしきものも見えたが、まだ彼方に離れている。
車の不調では、ない。
どうしたのだ、と問うと、「人がいる」と彼は前を見たまま応えた。
僕は理解が出来ない。鼓動が速まった。
ひとつだけ、辻角に小さな木造の小屋があった。砂で洗われて塗装が剥げた物見台のような建物。人が住んでいるような気配はない。
その陰から、車のヘッドライトの中へ突然、大柄な男が現われた。
しまった‥‥
僕の緊張は極度に高まり、二の句を継げずに固まった。
「あの男は仲間だ。この車に乗る。」ドライバーが初めてまともに口を開いた。
僕が声を出す前に、外からドアを開け、大男は車に乗り込んできた。
車がぐらりと沈んだ。
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コメント(2)
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わかります。私は去年ルクソールに行ったけど。
今までにないぴりぴりとした緊張感のある街だと思いました。
世界的な観光地であるはずの地が一歩外に出ると全く違う顔をしていたことを覚えてます。
ごくっとつばを飲んでしまう展開ですね。。。